京都を生きた女性たち

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春日局と京都|母の愛が築いた天下泰平【京都を生きた女性シリーズ⑦】

将軍の後宮『大奥』の名が歴史に登場するのは二代目将軍秀忠の時代。もっとも初期の段階では『奥方』『奥』などと呼ばれ、単に将軍の家族の居住空間を指していました。ところが三代目将軍家光の乳母『春日局』によって大奥は制度として確立。時代と共に規則や...
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桂昌院と京都|シンデレラの野望【シタ妻・サレ妻】京都を生きた女性シリーズ⑥

『玉の輿』という慣用句には、女性が自分よりも身分が高く裕福な男性と結婚したことで、社会的地位が向上するという意味があります。これは、徳川幕府第3代将軍・家光の側室にして、第5代将軍・綱吉の母『桂昌院』のシンデレラ物語に由来し、幸運な結婚の比...
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淀殿と京都|悪女の妄執【シタ妻・サレ妻】京都を生きた女性シリーズ⑤

日本三大悪女の1人として知られている『淀殿』は、絶世の美女と言われた母・お市の方に似て大層な美人だったと言われています。誰もが振り向く美女が悪女と呼ばれるようになったきっかけは、天下人・豊臣秀吉の世継ぎをもうけたことに始まります。秀吉は正室...
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建礼門院徳子と京都|栄枯盛衰の目撃者【シタ妻・サレ妻】京都を生きた女性シリーズ③

激動の平安時代末期、弱冠15歳で父・平清盛と平家一門の期待を一身に背負い、第80代高倉天皇と結婚した建礼門院徳子。周囲からは仲がいいと評判の夫婦で、7年という歳月はかかったものの皇子を出産。国母となり女性としては並ぶ者のない地位に上り詰めま...
古代(大和~平安時代)

和泉式部と京都|“浮かれ女”の寂寥【シタ妻・サレ妻】京都を生きた女性シリーズ①

“浮かれ女”とは藤原道長が恋多き歌人・和泉式部を揶揄したことに由来します。橘道貞という夫がありながら天皇の二人の皇子と身分違いの恋をした和泉式部は、その不倫が原因で夫と離婚。さらに再婚相手の藤原保昌とも関係が破綻してしまいます。魅力的で和歌...